社会インフラとしてのインターネットと、ITサービスの複雑化

現在インターネットはもはや社会インフラとして必要不可欠なものとなっていると言えます。
例えばオンラインバンキングやネットショップなど、数多くのITサービスがインターネット上で提供され、多くの企業や人々がITサービスを利用しています。

これらのITサービスの構成要素を大別すると

  1. インターネットプロバイダにより提供されるインターネット
  2. システムインテグレータ等により提供されるサービス機器群
  3. それらを利用してビジネスを行う企業ユーザ

以上の3つの機能ドメインによって成り立っています。

中でも(2)はインターネット黎明期と現在とでは構成が大きく異なり、一般利用者の爆発的な増加によって処理の複雑化、処理量の増加が顕著となっています。それゆえITサービスの提供が単体の機器で行われることはほぼ皆無で、機能の異なる複数の機器をネットワークで接続し、相当な複雑さをもって連動させなければ十分な機能を提供できなくなっています。

しかし、社会共通の通信インフラとして存在している(1)と異なり、(2)は(3)が提供したいサービスごとに機能要件、安全性、コスト、スケジュールといった要求事項が異なってきます。それら要求事項を設計者の経験や知見をフルに使って、バランスをとりながら、なおかつ短期間のうちに個別にITシステムは実装されています。つまり、設計手法が設計者や技術者個人に依存している、と言えます。このためにノウハウが共有されることはなく、彼らの経験に大きく依存した設計構築が行われているのが現状です。

そのような状態であるため、(3)は設計内容の評価やその妥当性において過去の実績や機能項目数の大小、資料の見栄えといった定性的な要素でのみ良し悪しの比較判断が行われており、人によって判断が異なるばかりか、再現性のある定量的な評価はまったくと言っていいほどできてません。

さらに、コストや機能が重視されることにより、社会インフラとして存在するために非常に重要度の高いはずのセキュリティについては評価されない、ということが起きます。そして評価できないばかりでなく、要件そのものが特定されないことも多くなっており、このままではITサービスを安全安心に提供することそのものが困難となりかねない状況となっています。

このような状況ですので、この分野では方法論や理論などの科学的アプローチはほとんどなく、ましてや数学的アプローチなどは皆無と言っていいでしょう。そしてそのあいまいさがさらなる技術の発展やシステムの安全性を阻害しているといっても過言ではありません。

盛んになってきたネットワーク理論の研究

一方、近年盛り上がりを見せているネットワーク理論研究により、複雑な構成を持ったネットワークの数理特性の解明が始まっています。近年ではこういった分野を「複雑ネットワーク」と呼び、研究が非常に盛んです。

ネットワークの次数分布がべき則に従うというスケールフリーネットワークや、クラスタ性の解析によるネットワークの特徴抽出といった研究により、研究者やSNSのコミュニティ構造といった社会的ネットワークをはじめ、様々なネットワーク構造の解析が日々行われています。こういった研究は社会的ネットワークや分子構造など、多くの分野での解析事例がありますが、コンピュータネットワークもこの例に漏れていませんでした。インターネット上のルータのつながりによって形成されるネットワークの構造には、スケールフリーの性質が見つかったのです。

そういった研究の成果を利用することで、複数の機器群で構成されるITシステムに関しても、システムのデータフローが十分に複雑化した今、ITサービス提供システムの構造そのものやその内部機器のアクセス制御連携構造において数理特性の存在が期待されるところであります。

複数機能より形成されるネットワークへの研究

現在の研究では主に単一機能のネットワーク解析と設計理論が行われています。複数の異なった機能を持つ機器群によるネットワークに関しては、その構造や設計理論といった研究がほとんど行われていません。そこには単一機能のネットワークとは異なる側面をもつ複雑性を持つことが容易に想像されます。

こういった複数機能によって形成されるネットワークに対して、学術的な見地よりしっかりとした評価分析手法を確立し、その評価分析手法を利用することで最後には最適なITサービス提供システムを自動的に構築するような方法論を確立することが本研究の目的です。